52都市を、経度という1本の軸に並べる
総務省の家計調査(2023〜2025年平均)から、47都道府県庁所在市と5つの政令指定都市(川崎・相模原・浜松・堺・北九州)、計52都市の納豆支出額を取った。横軸はその都市の経度(東経、東に行くほど数字が大きい)、縦軸は納豆への年間支出額。点にカーソルを合わせると都市名が出る。
経度 × 納豆支出額(都市別)
全国平均より支出額が高い
全国平均より低い
東側26都市の平均は5,654円、西側26都市の平均は4,066円——東は西の1.4倍。相関係数はr=0.57で、「強い」とまでは言えないが、経度という単純な数字だけで支出額のばらつきの3割ほどを説明できてしまう。都道府県別のデータでここまできれいな地理的勾配が出るのは、このシリーズでも珍しい部類に入る。
ただし例外もある。熊本市(130.7度、九州)は納豆支出額6,008円で全国12位——経度から予想される水準より2,000円以上高い、西日本最大のはずれ値。逆に和歌山市は最下位(2,468円)で、経度が近い大阪・堺よりもさらに低い。経度はあくまで大まかな目安であり、個々の都市には土地固有の歴史が別に効いている。
なぜ「東」なのか——水戸に見る商業化の歴史
納豆そのものの起源は諸説あり定かではない。ただ、「納豆といえば東日本」というイメージが全国に広まった経緯は、比較的はっきり辿ることができる。
1083年(伝承)
後三年の役で奥州に向かう途中、源義家の一行が水戸・渡里町の長者屋敷に泊まり、馬の飼料用に煮た大豆の残りを藁苞に包んでおいたところ発酵して糸を引いた——というのが水戸に伝わる起源伝承のひとつ。史実としての裏付けは無く、あくまで伝承の域を出ない。
1889年(明治22年)
水戸の笹沼清左衛門が、江戸で好まれていた「糸引き納豆」に着目し商品化を決意。宮城で2年間修行したのち水戸に戻り、独自の小粒大豆を使った納豆を「天狗納豆」として売り出した。
同年
小山〜水戸間の鉄道開通にあわせ、水戸駅前で天狗納豆を販売。乗り降りする客の評判を呼び、「水戸は納豆どころ」というイメージが鉄道網を通じて全国に広まっていった。
現在
水戸市の納豆支出額は年間6,797円で、52都市中4位。今も上位の常連であり続けている。
水戸が突出して1位ではない(1位は福島市)ことにも意味がある。水戸が育てたのは「1つの街の名物」ではなく、鉄道という当時最新のインフラに乗って広がった「東日本という広い商圏の食習慣」だった、と読める。
例外の街・熊本——もうひとつの起源伝説
九州にありながら経度から予想される水準を大きく超えて納豆を買う熊本市。ここにも、水戸とは別の起源伝説が伝わっている。
熊本城を築いた加藤清正が、朝鮮出兵の陣中で煮た大豆を藁に包んで持ち歩いたところ発酵して納豆になった、という伝承が熊本には残る。もうひとつ、江戸時代の参勤交代で江戸に滞在した熊本藩の武家が、江戸で覚えた納豆の味を国元に持ち帰ったという説もある。いずれも確定した史実ではなく、複数ある起源伝説のひとつとして扱うべきものだ。
真偽はともかく、熊本市の納豆支出額(6,008円)が経度だけから予想される水準を2,000円以上上回っているのは、本ページのデータで実際に確認できる事実。「西日本だから苦手」という単純な地理の法則には、少なくとも1つ、はっきりした例外がある。
結論:地理が決めるのは「傾向」、歴史が決めるのは「例外」
経度という1本の軸だけで、納豆支出額のばらつきの3割ほどが説明できてしまう——これは、東日本と西日本という大きな地理区分が、今も食文化に実際の影響を残している証拠と言える。ただし、その傾向から外れる熊本のような街もあり、そこには経度では説明できない、その土地固有の歴史が別に働いている。「東西の格差」は本物だが、「西日本は納豆が苦手」と一括りにできるほど単純でもない、というのが今回のデータが示す結論だ。
データと方法について(正直に)
- 納豆支出額
- 総務省「家計調査(二人以上の世帯)」品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング、2023年〜2025年平均。対象は47都道府県庁所在市に加え、政令指定都市のうち県庁所在地ではない5市(川崎市・相模原市・浜松市・堺市・北九州市)を含む計52都市。「食べた量」ではなく「買った金額」の統計である点に留意。
- 経度データ
- 各市役所の経度(世界測地系、10進数)。出典は「みんなの知識 ちょっと便利帳」および複数の市区町村役場座標データベース。経度は「東西のどちらに近いか」の大まかな目安であり、日本列島が北東〜南西方向に傾いているため、実際の文化的な東西境界(食文化の研究でよく言われる岐阜・愛知あたりの境界線など)と厳密には一致しない。今回はその単純化を承知の上で、あくまで連続的な目安として使っている。
- 東西の区分について
- 本ページの「東日本平均・西日本平均」は、52都市を経度で並べて単純に東26都市・西26都市に二分したものであり、伝統的な文化圏の境界線(関ヶ原や糸魚川静岡構造線など、資料によって異なる)とは別の、機械的な区分である。
- 起源伝説について
- 水戸(源義家伝承)・熊本(加藤清正伝承、参勤交代説)のいずれも、複数の郷土史・企業史料で紹介されている伝承であり、史料による確定した裏付けがあるわけではない。天狗納豆の商品化(1889年)と鉄道開通にあわせた駅前販売については、水戸市・製造元の公式情報に基づく。
- 相関について
- 本ページで計算した相関係数(r=0.57)は経度と納豆支出額という2つの数字の関連の強さを示すものであり、因果関係を証明するものではない。気候、大豆の産地との距離、鉄道網の歴史など、他の要因も影響していると考えられる。
- 出典
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総務省統計局「家計調査」品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング
水戸市「納豆のまち・水戸」
西日本の納豆文化・熊本の例外について(ウォーカープラス)